Homeニュース島崎和歌子語るアイドル時代の苦悩「バラエティしか道なかった」

島崎和歌子語るアイドル時代の苦悩「バラエティしか道なかった」

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ベストテンの司会を務めた、若い頃の久米宏と黒柳徹子

■テレビを見過ぎて「引きこもっている」と勘違いされるほど

中学卒業を機に上京。寮で共同生活を送るようになったが、テレビ好きは収まらず--。

「『笑っていいとも!』(’82~’14年・フジテレビ系)や、高知では当時放送していなかった『夜のヒットスタジオ』(’68~’90年・フジテレビ系)など、自分の部屋でテレビばかり見ていて、スタッフから“東京になじめず、ひきこもっているんじゃないのか”と心配されたほど」

’89年1月に、荻野目洋子主演のドラマ『こまらせないで!』(フジテレビ系)で女優デビュー、5月にはシングル『弱っちゃうんだ』で歌手デビューを果たした島崎さん。アイドル路線を目指したが。

「バンドブームの到来で、アイドルにとっては冬の時代。歌番組も減り、芸能界で生き残るためには、バラエティ番組に活路を見いだすしかなくて。若いコたちとカラオケに行くと『和歌子さん、歌、うまいっすね』なんて言われるんです。『だって私、歌手だよ、スマホで調べてみて』って言うと、『ホントだ。でも1曲も知らない』って」

大好きだった『ザ・ベストテン』への出演はかなわず、路線変更も余儀なくされたが、だからこそ『ザ・ベストテン』のように豪華で、しかも生放送の『オールスター感謝祭』(’91年~・TBS系)と出合う幸運にも恵まれた。

「初回からずっと総合司会を務めさせてもらって、今回の放送(10月9日)で、なんと30年! 一緒にMCを務める今田(耕司)さんからは『島崎が80歳になっても“アンサーチェック”とか言ってたら、おもろいな』って。それを次の目標の一つにしています」

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